聖夜の甘いご注文
*クリスマスそうやま
「相馬さんも帰っちゃいますか」
そんなか細い声が聞こえたのは、厨房の制服から着替えて再度戸締まりが出来ているか確認している時だった。振り返るとそこにはまだフロアの制服を着た山田さんが居て。
「そりゃまあ…仕事も終わったし」
「山田、めちゃめちゃ暇してます!もう少し残ったりとかしてもいいんですよ」
「うーん…」
「いっそ泊まりでも山田的には問題ありません!」
相馬的には問題あるんだけど。いきなり何言い出すかと思えば… いつかの松本さんみたく女の子同士ならまだしも、今日の閉店したワグナリアに残ってるのは俺たちだけ。
「山田さん、そんなこと簡単に言っちゃだめだよ」
「どうしてですか?」
「…何かあったらどうするの?女の子でしょ」
諭すように言う。彼女からしたらお兄ちゃんを泊めるみたいな感覚なんだろう。いやそりゃ俺が何か仕出かすとかいうんじゃな いけれど…世間的に、常識的に考えて少女の部屋(?)に男性が、しかも夜に上がり込むのはどうかと思う。
「誰彼構わず山田の部屋に招待しては駄目ということですか?」
「え?ああ、そうだけど…」
珍しく物分かりが良くて驚いた。何だ、余り心配しなくても大丈夫…
「なら、相馬さんだけにします!!」
「へ?」
「山田は今日相馬さんが泊まってくれるなら、これからも相馬さんだけしか招待しません!」
いやいやいやいや。何かズレてる気がするんだけど。
「や、そういう問題じゃなくて…」
「泊まってくれないなら今から相馬さんに似た人をヒッチハイクしてきます」
「脅し!?」
しかもそれはヒッチハイクって言わないだろう。
「今日泊まると、山田部屋永久フリーパスが付いてきてお得ですよ!」
「需要なさすぎる」
「相馬さんなら顔パスも通用します!」
「一般人として扱って下さい」
…意地でも泊まらせるつもりらしい彼女との会話はもうよくわからないものになってきた。過去にも数回似たようなことがあったけど、今日はやたらとしつこい気がする…なんて考えていた時。
「……じゃあ」
さっきの勢いはどこへやら今度はぽそりと呟く。
「日付が変わるまで…一緒に居てくれませんか」
「日付が?」
疑問と現時刻確認の為にポケットにしまってあった携帯電話を開く。
12/25 SUN 22:57
「……………」
なんとなくだけど、彼女が必死な理由がわかった気がした。
「相馬さん…やっぱり無理ですか…」
「…どうして今日なの?」
「………いつもより、寂しいから……それだけです…」
答えた声は普段の山田さんからは考えられないほど小さかった。 だけど、それだけで充分だった。今日はクリスマス。いつもよりひとりが寂しいと感じるのもわか る。だって街も人もいつもより楽しそうだから。お店に来たお客さんすら羨ましく思っただろう。彼女にとってまだ十数回目の特別な日。少しくらい甘やかしても いいように思えた。
「ねえ、山田さん。さっき俺が泊まらなかったら似た人を探しに行くって言ったよね?」
「…言いました」
「こんな時間に実行されると心配だから、今日だけ特別」
「!!!泊まってくれるんですか!」
「うん、だからほら着替…ぇお!?」
言葉が言い終わらないうちに物凄い勢いで抱きつかれた。…そこ まで寂しく思ってなんて流石の俺も知らなかった。
「山田はやっぱり相馬さんが好きです!」
「…どうも」
冬なのにどこか熱を帯びたような感覚に教われたのは、
脅しにならない脅しにのった自分が恥ずかしかったから。それだけだと思う。
聖夜の甘いご注文
(種島さんとかにお願いしたりはしなかったの?)
(はい!山田は相馬さんがよかったので)
(………そっか)
fin